1月
20日

日本人とお米

最近(私も含めてですが…)日本人の食生活に占めるお米の割合が少なくなったと思いませんか?
日本人にとってお米って、「主食」という事だけではなく、もっと深い繋がりがあったような気がします。
江戸時代では、武士の俸給(給料)をお米の量で表していました。
これには、「知行取り」と言われる領地を与えられるものと、「蔵米取り」と言われるお米そのものを支給されるものがあったそうです。
前者は、与えられた領地のお米の収穫高を表すもので、単位として石(こく/ごく:1000合)が使われ、比較的身分が高い侍に用いられたそうです。
後者は、俵(ひょう/ぴょう:約60kg)で表され、身分の低い侍がそうであったようです。
また、後者の侍はそれ以外に扶持米が与えられ、俸給としては、30俵2人扶持…等となっていたようです。
扶持米とは、1年間に食するお米の量の事で、成人男性であれば1日5合で計算されたそうです。
かなり大雑把ですが、1人扶持≒5俵とされていたそうです。
(他の説もあるようですが…)
つまり、30俵2人扶持であれば、40俵がその侍の俸給(給料)となります。
「知行取り」と「蔵米取り」両者の俸給高の違いは、単位が違うので、比較する事が難しいのですが、1石はおおよそ2.5俵であったそうです。
ただし、「石高」とは、与えられた領地にて予想された収穫料の事で、それがそのままその武士の収入になる訳ではありません。
収穫されたお米から徴収する年貢(税金)がその武士の収入になります。
当時の年貢は通常4割程であったそうですから、1石に対して、その40%が収入となります。
つまり、(アバウト2.5俵×0.4=1で)「知行取り」の1石≒「蔵米取り」の1俵であったと考えられます。
当然ですが、江戸時代の人もお米だけでは暮らせませんので、そのお米をお金に換えます。
武士が頂いた俸給をお金に換える事を生業としていたのが、「札差」と言われる商人です。
これは、買い取ったお米の俵に産地を表す「札」を差していた事が語源だそうです。
ちなみに、時代劇などでよく聞く「さんぴん」と言う武士を揶揄した言葉は、当時一番身分の低い侍の俸給が 3両1人扶持(3両1分であったとの説もあります)であった事から来ているそうです。
(お金で俸給をもらっている人もいたんですね…)
また、土地の面積を表す「反」(たん:約991平方メートル)と言う単位も1石のお米を収穫するのに必要な面積からきているそうです。
日本人にとって、お米って重要なものだったんですね。。

Posted in 雑感

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